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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)1055号 判決 1962年12月25日

判   決

一審原告

(一〇五五号事件被控訴人、

一〇八六号事件控訴人)

寺田菊造

右訴訟代理人弁護士

山本悦治

銀島美智子

一審被告

(一〇五五号事件控訴人、

一〇八六号事件被控訴人)

右代表者法務大臣

中垣国男

右指定代理人

内田貢

山田二郎

松原直幹

主文

一審原告及び一審被告の各控訴、ならびに、一審原告の拡張請求を、いずれも棄却する。

一〇五五号事件の控訴費用は一審被告の、一〇八六号事件の控訴費用ならびに拡張請求部分に関する訴訟費用は、いずれも一審原告の各負担とする。

事実

一〇八六号事件につき、一審原告は、「原判決中一審原告敗訴の部分を取消す。一審被告は一審原告に対し、金二、三五〇、八〇〇円、及び、これに対する昭和二七年一一月一一日から完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は一・二審共一審被告の負担とする。」との判決、及び、当審において請求を拡張し、「一審被告は一審原告に対し、金三〇九、〇三〇円、及び、これに対する同年一〇月八日から完済まで年五分の金員を支払え。右拡張部分についての訴訟費用は一審被告の負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、一審被告は、本件控訴及び右拡張請求をいずれも棄却する。控訴費用は一審原告の負担とする。」との判決を求め、

一〇五五号事件につき、一審被告は、「原判決中一審被告敗訴の部分を取消す。一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は一・二審共一審原告の負担とする。」との判決を求め、一審原告は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は一審被告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の、事実上の陳迷、証拠の提出援用認否は、次の通り附加訂正するほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一審原告訴訟代理人は、次の通り述べた。

第一  玉田正雄の過失による損害賠償請求について。

一玉田正雄の過失について。

(1)  本件事故に関する地方海難審判庁の裁決は、昭和二七年八月一三日言渡され同月二〇日確定し、高等審判庁で争う余地がなくなつているから、右裁決において確定された玉田正雄に過失があつたことを、一審被告が本訴において否認することは許されない。

(2)  仮に本訴において玉田の過失の有無が審理の対象になり得るとしても、本件台風襲来当時、玉田は税関の監視部審理課処分係長として、犯則物件の処分を担当していたところ、その職務である犯則物件の保管については、善良な管理者の注意をもつてこれに当るべきであることはいうまでもなく、特に海上船舶の保管に当つては、船舶が天候と密接な関係があり、又暴風雨はいつ襲来するか分らないのであるから、保管者は常にこのことを念頭に置き、不時不測の場合に具えておかねばならない。特に本件のように噴油弁を奪われた船は、獄中に閉じ込められて身動き出来ない人間と変らないのであるから、特段の注意を払い万一のことが起るときは、いつでも噴油弁を返還できるよう、又返還できないときは、税関所管の船で誘曳して安全な場所へ避難できるように予め係員と連絡しておくか、前もつて安全な場所へ繋留するかしておくべきであつたのに、玉田はこれを怠つたもので過失がある。一審被告は、玉田が本件事故当日三幸丸を一文字突堤に避難させたというような主張をするけれども、同船は、昭和二五年八月一三日税関に引渡されてから右突堤に引続き繋留されていたもので、同所に繋留された理由は、台風から避難させるためではなく、同所が築港水上識察署の前でかつ税関に近く監視に便利であつたからに過ぎない。台風襲来前同所には三幸丸を含む約一〇隻の機帆船が集つていたが、暴風がはげしくなるに従い、三幸丸、黒潮丸、辰巳丸外一隻の船を残し、他の船はすべて一層安全な場所へ避難してしまつたのであつて、三幸丸より大きい黒潮丸及び辰巳丸が風波に翻弄され突堤に残ることを得なかつたのであるから、独り三幸丸のみ無事であることはあり得ないことであつた。

二相当因果関係について。

(1)  一審被告は、玉田の噴油弁不返還と本件損害との間に相当因果関係がないというけれども、一審原告は、同人の三幸丸保管義務怠慢による過失を全面的に問うているのであつて、右不返還のみを過失であると主張しているものでないから、右主張は失当である。

(2)  一審被告は、出火した黒潮丸より風上にあつた三幸丸に火が移ることは経験則に反すると主張するけれども、黒潮丸に火災が起り、これが三幸丸に燃え移つたことは動かし難い事実であり、台風や強風下においては、つむじ風や舞風による被害が直風によるそれよりも却つて恐ろしい事は経験的事実であり、右出火場所の近辺には木工場等の建物もあり、決して吹き曝しの場所ではなく舞風現象の充分起り得る場所である。しかも、火は通常石油タンク等の置かれている機関室から発し、相当火力の強いものであつた上、両船は密着して恰かも一個の家屋の別室のような状態にあつたのであるから、三幸丸に延焼したのは当然のことである。

(3)  黒潮丸出火当時はなお強風下にあり、竿を利用したり潮流を利用して三幸丸を黒潮丸から引離すことは到底できなかつたもので、三幸丸機関長御手洗は、帰来した船員や近くに居た梅丸の船員等と共に、或は消化弾を投げ、或はキングストンコツクを開放し、必死に延燃を喰い止めようとしたが遂に及ばなかつたものである。

三損害額について。

(1)、三幸丸の一部焼失により一審原告の受けた損害額は、(イ)船体部分の修理費金一、七五〇、〇〇〇円、(ロ)、機関部分取替、修理費金一九八、八六〇円(別紙目録(1)の通り。昭和三六年一〇月三〇日附準備書面第一項に金一九八、〇〇〇円と記載されているのは金一九八、八六〇円の、又同添付目録(1)中スクリユー取替七〇〇〇円と記載されているのは、四七、〇〇〇円の各誤記と認める。)(ハ)、流焼失した船具品の取付費金四五三、八二〇円(別紙目録(2)の通り。)、以上合計金二、四〇二、六八〇円であるから、一審における損害額の主張を右金額に改め、これと一審において請求し認容された金二、〇九三、六五〇円との差額三〇九、〇三〇円、及び、これに対する訴状送達の日の翌日たる昭和二七年一〇月八日から完済まで、民法所定年五分の遅延損害金の支払を拡張して請求する。

(2)  およそ航行する船舶は、大別して船体、機関、船具その他の設備を要し、かつ、適法に航行するためには当局の検査を受けねばならないのであつて(船舶安全法)、三幸丸が右検査に合格するためには、その船体を造船所に注文して製造し、機関は鉄工所において、船具は船具店においてそれぞれ購入した上設備を具える必要があり、一審原告が本訴において主張している前記目録(1)(2)記載の船具等の出費も、一審原告において当時資金不足のため、これを最少必要限度にとどめたのであつて、決してこれをもつて同船の修復が完全になつたとはいえないのである。しかも一審被告は、同船の一部焼失による損害を速かに賠償することなく本訴に至つたものであるから、延引によつて増大した損害は当然一審被告において負担すべきものである。

(3)  一審被告は、本件事故後一審原告が三幸丸について一時使用の許可を受けた旨強調するけれども、右は、税関において焼けた三幸丸の事後の保管に手を焼いた結果、自己の責務を半ば一審原告に押しつけんがため、一審原告が単に同船を移動するに当り、一時使用の許可願の形式を要求したに過ぎない。仮に、一審原告に同船を修理する機会が与えられたとしても、当時一審原告は修理資金がなく、かつ、一たん差押えられ没収する旨の判決を受けた同船を担保にして金融してくれる者もなかつたために、同船を修理することができなかつた一審原告は日夜切歯扼腕していたのである。

四消滅時効の抗弁について。

一 個の債権の数量的一部について訴の提起があつた場合、右訴の提起により消滅時効中断の効力は債権全額に及ぶと解すべきである。

(1)  右のような訴提起がなされた場合においても、その訴訟物は債権の全額であつてその一部ではないことは、判決の既判力はその数量的一部について生じるのではなく、債権全額について生ずるとする判例理論(最判、昭和三二年六月七日民集一一巻九四八頁)からみても明かである。債権の数量的一部の訴求は、債権の全額を訴訟物として提示しつつ、給付判決を求める最上限を画しているに止まるとみるべく、請求の拡張は訴訟物の変動を生じないと解すべきであり、一部の給付請求の訴提起により債権の全額について消滅時効中断の効力が生じているのである。このことは、又、はじめ債権の数量的一部を訴求し、後になつて請求を拡張した場合において、債権の一部といつてもそれがどの部分に当るかわからないから、拡張部分が時効により消滅したとはいえず、従つて、債権の一部請求であつても、実質上は債権全部が訴訟物となつているものといわねばならないことからもいい得ることである。

(2)  仮に一部請求の場合における訴訟物が、債権の全額ではなく、その一部たる請求額に限られるとしても、訴訟物のみに消滅時効中断の効力を限定する理由はない。わが民法は、時効中断の事由として、「裁判上の請求」という解釈上極めてゆとりのある言葉を使つているのみならず、裁判外の請求にも一定の条件の下に時効中断の効力を認めている。かかる法制の下においては、時効の中断事由について訴訟物なる概念にこだわる必要がなく、時効中断の制度を設けた本来の趣旨に従つて、その実質的な理由に基いて裁判上の請求の意義を考えればよい(一審被告引用の最判中、藤田裁判官の少数意見)。

(3)  本件のような損害賠償請求の訴においては、その前提として損害賠償請求権の存在が確認されねばならないのであるから、一審において認定された債権額(当審における拡張後の請求額)全額については、消滅時効が中断されているものである。もつとも、一審原告は、訴提起の当初から右認定された債権額の一部を請求するものであることを明瞭にしていなかつたが、損害賠償債権のような種類の債権の全額は、訴訟の結果明瞭になるものであつて、債権の同一性は常に原因たる事実によつて決定されるのであるから、このような訴の提起は、暗黙のうちに債権全額の存在が主張せられ、全額につき時効中断の効力が生じているというべきである。

第二  三幸丸の差押による損害賠償請求について。

三幸丸の差押については、次の点からみても、検察官に過失がある。

(1)  三幸丸は没収さるべき物件でなかつたこと。

三幸丸が差押えられた当時、一審原告と訴外岩後繁信との間には同船についての傭船契約書を取り交わしており、右傭船契約は、期間一ケ月に満たないいわゆる定期傭船契約でなかつたことは、担当の大坪検察官に対する右訴外人及び訴外田端喜太衛の供述(乙一四、一五号証)によつて明かであり、傭船契約の場合は、船舶の占有は依然として船長にあり傭船者にないものであることに思い至らなかつた点は右検察官の過失であり、法令の適用ないし解釈を職責とする検察官のこの種過失は重大な過失といわねばならない。

仮に調査が行き届かなかつたため、同検察官において、同船の占有が訴外岩後等にあつたと誤解していたとしても、一審原告が同訴外人等にだまされて傭船契約をしたものであること、従つて、同訴外人等の占有は、窃盗や脅迫による占有と同様正当権原に基くものでないことからして、これを当初より正権原に基き占有して海上企業をしていた者が罪に問われた場合と同一に論ずることができないものであるところ、同検察官は、右事実を知つたため一審原告を不起訴としながら、右訴外人等の三幸丸の不法占有の点を不問に付したのみか、逆に右不法占有を差押によつて継続したのである。

(2)  証拠物件としての必要性がなかつたこと。

前記訴外人等は、起訴にかかる犯罪事実を自白しており、密輸物件を全部差押えられていたのであるから、担当検察官が公訴遂行の職責をはたす上に、三幸丸を還付してもなんらの支障がなかつたのであり、殊に、同船の存在が一審原告及び乗組員とその家族の生活権に関するものであつて、憲法における財産権の保障の精神からしても、余程公訴の維持に重大な影響を与えるものでない限り、濫りに差押うべきでなく、必要以上の差押えは捜査権の濫用となり、具体的には刑事訴訟法第一二四条に違反するものである。

一審被告代理人は、玉田正雄の過失による損害賠償請求について、次の通り述べた。

一  玉田正雄に過失がない。

(1) 玉田正雄が、ジエーン台風前日の退庁時(昭和二五年九月二日午後五時)までに、原告に対し噴油弁を返還しなかつたことについて過失がない。即ち、同人は一審原告の申出に応じ、一審原告をして噴油弁を使用させるべく、当日は土曜日であるのに居残つて一審原告の出頭を待つていたのにかかわらず、遂に出頭しなかつたため止むなく帰宅したものであるから、右退庁時までに噴油弁を返還しなかつたことについて同人になんらの過失がない。

(2) 玉田正雄が退庁に際し、噴油弁を余人に引継がなかつたことに過失がない。元来刑事々件の証拠として押収中の船舶の保管については、これが損傷を蒙り、価値の減少をきたすことのないよう善良な管理者の注意義務があることはいうまでもないが、他面船舶の流失、逃亡、隠滅行為等により、証拠調に障害をきたさないような公益上の義務もまた存在する。このような刑事裁判の証拠物の保管義務の要請からいえば、他所に避難しなければ損傷するであろうという高度の蓋然性があれば格別、そうでなければ繋留して保管するのが、保管の任に当る税務職員の当然の職責であるといわねばならないところ、前記玉田が退庁する前後における気象通報では、いまだ台風が近畿地方に上陸するとは予測されておらず、暴風警報はおろか風雨特報(現在の風雨注意報―一〇メートルないし二〇メートルの風速。気象庁警報規定予報業務細則八条)。すら発せられておらず、大阪管区気象台では、三日午前〇時三〇分においても、台風は豊後水道から室戸岬の間に上陸するおそれがあると予報し、同午前五時に漸く風雨特報が出されているのであつて、兵庫県に上陸すると予知したのは、同日午前七時に至つてからである。現に、同人の退庁時においては、三幸丸を繋留してある附近の船舶で避難を始めたものはなく、三幸丸の保全につき特段の経験と利害を有する同船々長その他の乗組員すら避難のための噴油弁の返還を求めるため出頭していないのであるから、このような状況において、同人が台風の中心が近畿地方を通過することや、他に避難しなければ同船が損傷の難に遭遇すると予測せず、従つて、噴油弁の引渡について宿直者に引継がずに退庁したからといつて同人に過失があるといえない。

(3)  玉田正雄の退庁後の措置(不作為)にも過失はない。即ち、九月二日夜から翌朝に至る台風の予報は前記の通りであり、また、大阪管区気象台三日午前九時の平均風速は八・五メートル、同一〇時には一〇メートルに過ぎないし、一〇時三五分の警報でも最大風速は陸上一五メートルないし二〇メートルと報じていたから、繋船の方法によるも格別の危険を感ずる程度には至つていなかつたのであり、同日は日曜日であつたため同人が出勤しなかつたのも無理からぬところであつた。ところが、台風は前夜来の予報とは異り、にわかにその進路を近畿地方に向け、しかも速力及び風速を増して午後一時過ぎ神戸附近に上陸したものであつて、三幸丸が危険を感じ始めた同日正午近くには、既に台風は目前にあつた。かかる状況では、京都市に在住する同人としては、通信及び交通機関も既に絶え、なんらの措置を採ることも不可能であつたのである。

二 玉田正雄の行為と三幸丸の焼失との間に相当因果関係がない。

(1)  玉田は、台風に際し、噴油弁を取外した三幸丸を、大阪港内南防波堤内の一文字突堤の内側に避難させ、その岸壁に繋船することにより保管したのであるが、このような船舶が台風によつて生ずべき通常の損害は、岸壁又は漂流物との衝突による損傷に止まるものであつて、偶々風力が異状に強大で繋索が切断したとしても、衝突、転覆、坐礁が生ずるに過ぎない。三幸丸は、隣りに避難してきていた辰已丸の繋索が切れ、同船がもたれかかつたため、自らの繋索が切れ諸所を漂流したが、幸い衝突、転覆、坐礁することもなく、三日午後二時三〇分には桜島堀に漂着した黒潮丸の右舷に無事接融し停止していたところ、右時刻には既に風力もやや衰え、暴風警報が解除されていたのであり、台風が大阪地方で最大風速二八・一メートルに達したのは同日午後一時三二分のことであり、又桜島堀は、海上から安治川を経て入り込んだ地点で、波浪の比較的穏やかな場所で、現に三幸丸の機関長等が出火以前に同船を発見し、泳いでこれに乗船しており、かつ出火と同時に附近の者も消火に助力している程であるから、同所附近では台風状態は終熄していたといわねばならない。従つて、同船を暴風雨中の海上に放置し、衝突、転覆、坐礁等の一切の危険に曝したという状況は既に去つていたのである。

(2)  又暴風により、常よりはるかに動揺する船舶において、このような危急の際火の気のあろう筈がなく、暴風下の船舶に火災発生の蓋然性が多くなるということができないから、台風下の船舶の通常蒙ることあるべき危難のうちに、火災による損害を加えることは当を得ない。三幸丸の焼毀と台風との間になんらかの関係を認めるならば、その出火の原因を明かにしなければならない。

(3)  更に、三幸丸が黒潮丸に接触した前記時刻には、南々西一七・六米の風が強雨を伴つて吹いていたのであるから、風雨の風上にあつた三幸丸に、風下の黒潮丸から火が移るようなことは(三幸丸と黒潮丸の位置については、甲第一〇号証添付の図面No.3参照。もつともこの図面表示の南北の方角が逆になつていることは同No.1の図面と対照すれば明かである。)、経験則上理解できないところである。

(4)  なお、三幸丸は僅か五〇屯の機帆船であつたから、噴油弁がなくとも、竿を利用したり潮流を利用したりして容易に黒潮丸から離脱することができたと考えられるにもかかわらず、これをしないで一部焼失するに至つたのは、三幸丸の乗組員等が右離脱しようと努めないで漫然焼失するに至らせたものと推測できるのであつて、この点からみれば、仮に三幸丸が噴油弁を備えていてもその焼失が起つていたということができるから、玉田の噴油弁不交付と本件焼失との間に因果関係がない。

三 損害額を争う。即ち、仮に一審被告に損害賠償責任があるとしても、

(1)  一審被告が負担すべき賠償額は、不法行為当時の損害額によるべきであるのみならず、三幸丸の一部が焼失した直後である同二五年九月下旬頃、一審原告は、他人名義を借りることにより三幸丸の一時使用許可を受けており、当時においてその修理が可能であつたから、賠償額は当時の価額七〇二、〇〇〇円を相当とし、同船が還付された当時の価額をもつて算定すべきではない。仮に還付時の価額によるべきであるとしても、還付までの二ケ年半の間に金二、四〇〇、〇〇〇円余までの物価の騰貴による自然増加があつたとは考えられない。

(2)  三幸丸の被災部位は、舳及びこれに続く両舷側の一部、即ち船首部分の焼失である点よりして、船尾にある機関の取替、殊にボーリングしたことや、クランクブラス、ベヤリング、ホワイト、ノーズル、スクリユー、クランクラッビング、カップリング等の取替は、船を長期間そのままにして置いたため、錆びたり古くなつたりしたことによるものであつて本件火災と関係がなく、船具類(特に、動力ウインチ、唐人錨、船尾灯、コンモンアンカー、スタロトチエン、号鐘等)は、操舵室下の船具庫に格納されていたから、その積載位置、ないし、物自体の物理的性質からして本件火災で焼失したとは考えられない。又、ラット、ラット台、中間シヤフトは造船所で盗難にあつたもので本件火災と関係がない。従つてこれらの価額はすべて本件火災による損害額とならないものである。

四 過失相殺について。

(1)  玉田正雄は、前記のように台風襲来の前日たる九月二日午後五時まで、一審原告の申出により、同人に噴油弁の一時使用を許すため同人の出頭を待つていたのであるから、同時刻までに約を違えて噴油弁を受取りに出頭しなかつた一審原告にも過失がある。

(2)  又過失相殺における過失は、単に被害者自身たる一審原告のみに限られることなく、その被用者の過失をも斟酌さるべきであるところ、一審原告の被用者たる三幸丸の機関長等は、出火当時同船に乗船していたのであるが、当時風浪もほぼ治まり、しかも同船は僅か五〇屯の機帆船であるから、竿その他適宜の方法により、容易に出火した黒潮丸より離脱し得た筈であるのに、これをなさず、かつ、午後二時半頃より五時前後の鎮火時まで約二時間半焼えていたのに、延焼を最少限度に止める措置を怠つた過失がある。

五 請求拡張部分について消滅時効を援用する。

一審原告は、昭和三五年四月一五日に請求の趣旨を拡張したが、右拡張部分については、本訴を原審に提起した同二七年一〇月二五日からいつても三年経過後に請求されたものであるから、消滅時効を援用する。なお、一個の債権の数量的一部について訴の提起があつても、これによる消滅時効中断の効力は、その一部の範囲についてのみ生じ、残部には及ばないものである(最高判昭和三四年二月二〇日民集一三巻二〇九頁。)。

証拠<省略>

理由

一審原告の請求に対する当裁判所の判断は、次の通り附加訂正するほか、すべて原判決理由に記載するところと同一であるから、ここにこれを引用する。

第一  玉田正雄の過失による損害賠償請求について。

一玉田正雄の過失について。

(1)  一審原告は、三幸丸の差押担当者たる玉田に過失があつた事実は、昭和二七年八月一三日言渡され同月二〇日確定した神戸地方海難審判庁の裁決によつて確定されているから、一審被告が本訴において玉田に過失がなかつたことを主張することができないと主張するところ、海難審判事件について海難審判庁がした判断(裁決)は、民事訴訟事件において、同一事項を判断するについて有力なる徴表事実となり得るけれども、裁判所が海難審判庁の判断に拘束されるべきなんらの根拠がなく、従つて、右判断に抵触する一審被告の主張は許されるといわねばならないから、一審原告の右主張は採るを得ない。

(2)  原判決挙示の証拠に、当審における、証人玉田正雄の証言、ならびに、一審原告本人尋問の結果(第一回)を綜合すると、原判決理由第一、二記載の経過で三幸丸の一部が焼失したもので、右は玉田の職務上の過失に基因するものであることを認めるに十分である。

(イ) 一審被告は、玉田が、ジエーン台風前日の退庁時(昭和二五年九月二日午後五時)まで、一審原告の申出に応じ、三幸丸の噴油弁を一審原告に使用させるため、当日は土曜日であるのに居残つて一審原告の出頭を待つていたものであり、当時の天気通報からいつて、同人の退庁時の不作為についても過失がないと主張し、右同日が土曜日であつたのに玉田が右時刻まで退庁しなかつたことは、前掲証人玉田正雄の証言によつて明かであるが、右証言によると、同人が右時刻まで退庁しなかつたのは、特に、台風襲来を予想して一審原告に噴油弁を引渡すためではなく、単に、月末報告書を作成するためであつたこともまた明かであるところ、同日午前一一時五〇分発表の天気通報では、ジエーン台風が明朝九州の南東海上に接近し、その後の進路は不確実であるが、北々東から北東に転向する見込であり、今晩から明朝にかけて西日本及び海上では風雨が強くなることが予想されるから、警戒を要し、今後の気象通報に注意すべき旨の情報が発表されていたことは前示認定の通りであり、差押船舶保管の任に当る税関職員は、常に海上気象況況について留意し、特に台風が南方洋上から日本に接近しつつあることを知つている場合においては、その進路を確実に予測することが困難で往々にして進路の急変することがあることは一般的経験事実なのであるから、右在庁中に、ジエーン台風が日本に接近しつつあることを知つていたと推認される(少くとも台風シーズンにおいて、前示天気通報を聞かなかつたとしても、朝刊紙上の報道によつて知つていたと推認される)玉田において、少くとも風浪より三幸丸を避難させるため必要な、噴油弁の返還その他の措置についての事務引継を宿直員に対してなすべき義務があつたというべく、この義務は、前示通報及びそれ以前の天気通報において台風が直接近畿地方に影響がない旨発表された事実があり(乙第一号証)、これを同人が知つていたとしても、それは同人の義務違背の程度を軽減するに過ぎず、これを免がれしめ得る事由とはなり得ないといわねばならない。

(ロ) 一審被告は、玉田の退庁後の措置(不作為)にも過失がないと主張するので考えてみるに、九月二日夜から三日朝にかけて発表された天気通報が一審判決認定の通りであるところ、近畿地方に暴風雨警報が発令された三日午前七時以後においても、京阪神地方における平均風速は、午前九時八・五米、同一〇時一〇米、同一一時一六・八米に過ぎなかつたことが成立に争いのない乙第一七号証によつて認められ、従つて、右時刻頃には玉田の住所たる京都市と大阪間の電話線が不通になつたとは考えられないところであつて、同人にその意思さえあれば本件噴油弁の引渡し、その他三幸丸の避難等について、当日の税関宿直員に対し電話で連絡することが可能であつたし、又少くともその連絡をすべき注意義務があつたのにかかわらず、同人はなんらの措置も採らなかつたのであるから、この点においても同人に過失があつたことが明かである。

二玉田の過失ある不作為と三幸丸の一部焼失との間の因果関係について。

(1) およそ台風が襲来した場合において、港内等の岸壁に繋留され、かつ、機関の運転不能の状況におかれた五、六十屯程度の機帆船が、風浪が烈しくなれば繋索を切断されて漂流し、衝突、転覆、坐礁等の危険に曝されるばかりでなく、往々にして自ら火を発し若しくは他に発生した火災により類焼の被害を受けることのあることは、経験則上明かなところであり、三幸丸の一部焼失が、ジエーン台風による大暴風雨により繋索が切断されて漂流した上黒潮丸の右舷に接触して漸く停止した後、黒潮丸から出た原因不明の火災が延焼したことによるものであり、三幸丸において右台風襲来前噴油弁の返還を受けその運航能力を回復し得ていたならば、他の安全な場所に避難して、漂流するような事態を避け得られたのみならず、黒潮丸の出火と同時に同船より離脱して類焼を免かれ得たであろうと認められること、従つて、三幸丸の一部焼失と玉田の過失による噴油弁不返還、ないし、三幸丸の避難措置を採らなかつた行為との間に相当因果関係の存することは、すべて原判決理由に説示するところが正当である。

(2)  一審被告は、暴風雨下の船舶に火災発生の蓋然性が多くなるといえないのみならず、本件出火の原因が明かでないから、三幸丸の一部焼失と玉田の不作為との間に相当因果関係がないというけれども、一般に船舶においては、海上平穏時よりも暴風雨下の動揺烈しいときにおいて火災が起り易いことは容易に考えられるところであり、黒潮丸に発生した火災が三幸丸に延焼したものであること明かな本件において、出火の原因を明確にする必要がないと考えられるから、右主張は採るを得ない。

(3)  一審被告は、三幸丸が黒潮丸に接触した三日午後二時三〇分には、南々西一七・六米の風が強雨を伴つて吹いていたのであるから、風雨の風上にあつた三幸丸に風下の黒潮丸から延焼するようなことは、経験則上認められないと主張し、三幸丸が黒潮丸の右舷に接触停止した右時刻頃における平均風速が、南西一七・六米ないし西南西一一・八米であつたことは前掲乙第一七号証によつて認められ、又右風向から考えて三幸丸が黒潮丸より風上に位置していたことは成立に争いのない甲第一〇号証末尾の図面、及び、当審における一審原告本人尋問の結果(二回)によつて明かであるが、台風通過前後においては、瞬間風速が平均風速をはるかに上廻るものであり、しかもそれは巻風、つむじ風となつて決して一方向のみより吹きつけてくるものでないことは経験則上明かであるから、管区気象台の発表が右の通りであり、三幸丸が黒潮丸の風上に位置していたからといつて、黒潮丸の火災が三幸丸に延焼することが起り得ないということができない。

(4)  一審被告は、更に、三幸丸が噴油弁を備えていたとしても、本件延焼は、同船の乗組員等が同船を容易に―噴油弁を使用しないでも―黒潮丸から離脱せしめ得たのにかかわらず、これをしなかつたために起つたものであるから、噴油弁の不返還と本件延焼との間に因果関係がないと主張するけれども、前掲一審原告本人尋問の結果(二回)によると、船舶は相当大きなものであつても、水面が平穏なときには竿一本で動かすことが可能であるが、浪のあるときは不可能であることが認められるところであるから、台風通過後でもあり前示風速下におかれた海面の波浪がなお相当荒れていたことが推認される本件において、機関の力をからずに―噴油弁の力をかりずに―三幸丸を黒潮丸から引離すことが、決して一審被告が主張するように容易であつたとはいえないのみならず、成立に争いのない甲一三号証、原審証人御手洗順市の証言によると、船員御手洗順市が黒潮丸の発火と同時に三幸丸を黒潮丸から離脱させようと図つたが、噴油弁がなかつたため果し得なかつたことが認められるから、一審被告の右主張も採用することができない。

三三幸丸一部焼失に因る損害額について。

(1)  一審原告が、三幸丸の焼失部分修理のため現実に支払つた金員全額を、右焼失による損害金として認むべきであることについての当裁判所の判断は、すべて原判決理由説示の通りである。

(2)  ところで、原判決において認定した損害の内、(イ)、船体修理費金一、七五〇、〇〇〇円、は本件火災による損害と認められるが、(ロ)、機械取付費金一九八、八六〇円(別紙目録(1)記載の通り)の内、中間シヤフト及びカップリング一組の代金八、五〇〇円、及び、(ハ)、焼失流失した船具取付費金四五三、八二〇円(別紙目録(2)記載の通り)の内、ラット台一台の代金一四、五〇〇円は、これら物品がいずれも造船所において盗難に遭つたものであり、本件火災と無関係であつたことが当審における一審原告本人尋問の結果(二回)によつて認められるから、これを損害額から除外すべく、結局(ロ)の損害金は金一九〇、三六〇円、(ハ)の損害金は金四三九、三二〇円、以上損害金合計は金二、三七九、六八〇円と認めるのが相当である。

一審被告は、右除外した修理費以外にも、除外すべきものが存すると主張するけれども、右主張の物品は、すべて、本件火災により直接生じたもの、三幸丸が港内漂流中に脱落流失したもの、若しくは、本件火災後同船修理期間を通じ、同船を長期間風雨に曝していたことによるものであることは、右本人尋問の結果によつて明かであるから、右主張は採用しない。

四過失相殺の主張について。

(1)  一審被告は、玉田が本件台風襲来の前日退庁時(九月二日午後五時)まで、一審原告に噴油弁を交付すべく待つていたのに、一審原告が取りにこなかつたのであるから、一審原告にも過失があると主張するけれども、玉田が右時刻まで在庁したのは月末報告書を作成するためであつたことは前認定の通りであり、成立に争いのない甲第三号証、前掲甲第一三号証、証人御手洗順市の証言、及び玉田正雄の証言(後記信用しない部分を除く)一審原告本人尋問の結果によると、本件台風襲来の前々日たる九月一日夕方、一審原告が三幸丸を試運転するため、玉田に対し噴油弁を一時使用させてほしい旨申出たのに対し、同人が、右使用を月曜日以後(九月四日以後)にせよと云つて一時使用を許さなかつたことが認められる(右認定に反する甲第四号証ならびに証人玉田正雄の証言の各一部は信用しない。)から、一審被告の右抗弁は理由がない。

(2)  一審被告は、一審原告の使用人である三幸丸の乗組員等が、同船を黒潮丸から離脱させようとせず、又、延焼防止についても努力を怠つた過失があると主張するけれども、三幸丸の乗組員が右のような努力をしたのにかかわらず、本件延焼に至つたものであることは、前示、ならびに、原判決認定の通りであるから、右抗弁も理由がない。

五消滅時効の抗弁について。

(1)  本訴における一審原告の損害額の主張、及び、請求拡張、ならびに、原判決の認定の経過は次の通りであることは、本件記録上明かである。

(A) 訴状(原審昭和二七年九月二〇日受付)による主張及び請求の趣旨

前示(イ)の損害金一、五五八、五〇〇円、(ロ)の損害金一四三、四〇〇円、(ハ)の損害金三九一、七五〇円、以上損害金合計金二、〇九三、六五〇円

請求の趣旨金二、〇九三、六五〇円

(B) 準備書面(原審同二八年九月九日準備手続期日に陳述)による主張

前示(イ)の損害金一、七八二、三六五円、(ロ)の損害金三五二、九六五円、(ハ)の損害金四五三、八二〇円、以上損害金合計金二、五八九、一五〇円

請求の趣旨に変更なし。

(C) 原判決の認定

前示(イ)の損害金一、七五〇、〇〇〇円、(ロ)の損害金一九八、八六〇円、(ハ)の損害金四五三、八二〇円、以上損害金合計金二、四〇二、六八〇円

一審被告に支払を命じた金額二、〇九三、六五〇円(判決理由中に、右(イ)(ロ)(ハ)の内のどの部分の支払を命じたものか明示されていないが、右金額が訴状記載の請求の趣旨と一致するものであり、右趣旨が、損害額の主張が拡張されているのに変更されていないところから考えて、原判決において支払を命じたのは、認定損害額の内の各一部、即ち、訴状に記載された(イ)ないし(ハ)の金額であることが認められる。)

(D) 控訴状(同三四年九月一日受付)、及び、準備書面(同三五年四月一五日附)(以上いずれも同三五年四月一五日の口頭弁論期日に陳述)による請求の趣旨拡張

本判決書当事者の申立中、一審原告申立の通り(結局前示(C)の原判決認定額全額の請求に拡張)。

(2) ところで、一個の不法行為による財産的損害の一部の賠償請求の訴が提起された場合、その訴訟物は請求の趣旨として掲げられた右一部の金額に限られ、その残部が請求原因中に主張されていると否とにかかわらず訴訟物となるものでないことはいうまでもないところであつて、これにより消滅時効中断の効力を生ずるのは、訴訟物となつた右一部の請求金額に限られ、残部については新訴の提起若しくは請求の拡張がなされたときに、はじめて消滅時効中断の効力は生ずると解すべきであることは、民法第一四九条、第一五七条第二項、民事訴訟法第二三五条等の諸規定を比較対照して肯認されるところである(最高裁判所昭和三四年二月二〇日第二小法廷判決、集一三巻二号二〇九頁参照)。もつとも、民法第一五三条は、裁判外の請求(催告)についても一定の条件の下に時効中断の効力を認めているけれども、右請求においても、条件付中断の効力を生ずるのは現実に支払うべきことを請求した金額に限られ、単に債権が存在することを主張したに過ぎない部分については条件付時効中断の効力を生じないことはいうまでもなく、又、債務不存在確認の訴の被告が該債権の存在することを訴訟上主張したときは、右債権の消滅時効はそのときに中断されるけれども、右訴訟の訴訟物は、原告が不存在を主張してこれが確認を求めるため請求の趣旨に掲げた一定の金額であり、従つて、右金額を超える債権額が存在することを被告において主張しても、右超過部分については時効中断の効力を生ずることがないといわねばならないから、右のような中断事由が存することをもつて、前示解釈が不当であるということができず、この点についての一審原告の法律上の主張は独自の見解であるというべく、当裁判所の採用しないところである。

(3)  これを本件について考えてみるに、一審原告の当審における請求拡張に至るまでの経過は前示の通りであつて、一審原告は、原審における昭和二八年九月九日の準備手続期日に、右拡張請求部分を含む損害金全額の存在を主張していたことが明かであるけれども、これについて請求拡張の準備書面を当裁判所に提出したのは同三四年九月一日(右準備書面の受付日)であるから、原審に本訴を提起した同二七年九月二〇日から起算しても、既に三年以上経過していることが明かであるから、右請求拡張部分については既に消滅時効が完成しているといわねばならないことは、前説示の理由によつて明かである。

六してみると、一審被告は、国の公務員として公権力の行使に当る玉田正雄が、その職務を行うについて、職務上の過失により一審原告に蒙らせた前示(三、(2)(イ)(ロ)(ハ))損害金合計金二、三七九、六八〇円の内金二、〇九三、六五〇円(前示五、(1)(C))、取び、これに対する訴状送達の日の翌日たる昭和二七年一〇月八日から完済まで、民法所定年五分の遅延損害金を支払う義務があるわけであつて、これが支払を命じた原判決は結局正当で、一審被告の控訴は失当であるからこれを棄却し、又、当審における一審原告の拡張請求金三〇九、〇三〇円及びこれに対する遅延損害金の支払義務は、時効によつて消滅しているからこれを失当として棄却すべきである。

第二三幸丸の差押及びその継続による損害賠償請求については、担当検察官に過失があつたといえないことは、原判決説示の通りであつて、当裁判所においても、すべて右説示を引用する。してみると、右請求を棄却した原判決は正当で、一審原告のこれに対する控訴は失当として棄却を免がれない。

よつて、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文の通り判決する。

大阪高等裁判所第七民事部

裁判長裁判官 小野田 常太郎

裁判官 亀 井 左 取

裁判官 下 出 義 明

(目録省略)

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